人生相談No68:他人の幸せを喜ぶことができません

Q:相談
他人の幸せを喜ぶことができません。
A:回答
わけへだてなく他人の幸せを喜べる人間などは存在しません。
例えば、あなたが、いきなり通り魔に刺されたとして、

その通り魔は、実は、あなたの知り合いだったのに
証拠不十分で逮捕すらされないで、

さらに、あなたの恋人が寝取られたら嫌ですよね?
そんな奴の幸せを喜ぶことはできないはず。

でも逆に、あなたに子供がいたとして、
可愛がっている子供に何か良いことがあったとしたら、
それは自然に喜べるはずです。

このように単純に「他人の幸せを喜べ」と言われても、
その側面を知らないと、
真の愛情が芽生えるのか
憎しみがうまれるのかは判断できないわけです。
言葉だけをなぞって誰にでも親切にすることが必ずしも良いことではなく、

良い事柄さえも多数にわたり分類でき、
人により幸せの感じ方が違うことを知り、
状況に応じて分析して良い事柄を提供できる人間になることが、
真の理解だと思います。

人生相談No67:やりたい事も欲も興味もない人生

Q:相談
小さい頃から欲も興味も、やりたい事もなく生きてきました。そうした欲求というか感情を持つためにはどうしたらよいでしょうか?
A:回答
アブラハム・マズローというアメリカの心理学者がいます。
彼によれば人間の欲求は5段階で表現することができ、
1段階目の欲求が満たされると次の段階へと欲求が進み、
最終的には自己を超越しようとするそうです。

まず1段目の生理的欲求とは
お腹が減ったから肉が食べたいとか中華の気分だといった
衣食住といった生きるうえでの基本的な欲求です。
まずは、ここから見つめなおすことからはじめればいいと思います。

そして2段目の安全欲求とは
殺されたくないとか、泥棒にあいたくない、
騙されたくないという危険を回避して生活したいという欲求です。
例えば、自宅に好きなフィギュアを
飾っている人からすれば地震対策をしたり、
綺麗に着飾った部屋を汚されないように対策を練るという欲求が出てくるでしょう。

3段目は親和欲求といって
共通の趣味を持った友達が欲しいとか、
恋人が欲しいといったコミュニケーションにたいする欲求ですね。
ネットのオフ会に参加したり、コメントを書き込んだり、
ツイッターでつぶやくのもここらへんの欲求です。

4段目は、自我欲求といって
他人に認められたいとか尊敬されたいという欲求です。
これが間違った方向に向かうと自己顕示欲が強いだけの
病んだ人格が形成されます。

そして5段目は、自己実現欲求で、
自分の想像を具現化したり、自分自身が成長することにたいする欲求です。


このようにただ欲求という漠然な考えを持つのではなく、
まずは1段目、2段目といった具合に
段階を得て欲求を見つけ出して満たしていけばよいでしょう。

大抵の人は、いきなり4~5段目かを目指すから
挫折したり目標がなくてつまずいたりするのです。

人生相談No66:中学校に行くのが嫌で虐められているフリをしていた

Q:相談
私 が中学生の頃に学校に行くのが嫌だったので、友達に協力してもらって机を落書きだらけにしたり、体育ジャージをハサミで破ってもらったりと虐められている フリをしました。もちろん親や先生は本当に虐められていると勘違いして、しばらく学校を不登校することに成功したのですが、いまさらですが当時のことが恥 ずかしくなり、親に本当のことを言うべきかと悩んでいます。
A:回答
言ったところで過去は変わらないばかりか、
現在にたいしてシコリが残るのでやめたほうがいいでしょう。
言う事で自分が楽になりたいだけです。

しかし、言うという行為は、こうした他人に自分の話を聞いてもらうという心裡と同一なため、
これでスッキリしないようなら親に伝えても無駄です。

気持ちは晴れません。むしろ、こうした思い出を共有している友達同士で、
笑い話として定着させたほうが楽になるでしょう。

脳の認識を変えるわけですね。
別に誰かが傷ついたわけではないので(心配されただけ)、
気にするほどのことでもないです。